年1回引越しする声優界の引越し魔が語る、遊牧民のような物件放浪人生|山谷祥生さんの引越し遍歴
最終更新日 2022年03月08日
※インタビュー中はソーシャルディスタンスを確保した上でマスクを着用するなど、新型コロナウイルス感染症の予防対策を講じた上で取材を実施しました
声優の山谷祥生(やまや・よしたか)さんの趣味は「引越し」。約10年前に宮城・仙台から上京して以降、ほぼ年1回のペースで引越しを繰り返してきました。
「ここより良い街や物件があるんじゃないか?」
そんな思いから常に不動産情報をチェックし、気になる物件を見つけては内見を繰り返しているそうです。
街ごとに異なる、そこで暮らす住人のキャラクターや空気感。引越しの度に新鮮な発見があり、声優の仕事にもいい影響を及ぼしているといいます。
そんな「引越し魔」の山谷さんに、これまでの引越し遍歴や思い出深い街のこと、物件探しのポイントなどを伺いました。
山谷祥生(やまや・よしたか)さん:1992年2月15日宮城県生まれ。東京アニメーター学院声優タレント科卒業。2013年にテレビアニメ「閃乱カグラ」(傀儡B)で声優デビュー。2014年に「一週間フレンズ。」で主人公・長谷祐樹役を務め注目を集める。主な出演作に「A3!」(向坂椋)、「呪術廻戦」(吉野順平)など。FIRST WIND production所属。
築56年のボロアパート住まいが「引越したい」の原動力に
――山谷さんは地元の仙台から上京後、頻繁に引越しを繰り返していると聞きました。改めて、これまでの引越し歴を振り返っていただけますか?
山谷祥生さん(以下、山谷):東京に出てきて最初に住んだのが、都営三田線の蓮根(はすね)。声優の専門学校に通っていた2年間住んでいました。
卒業後、声優事務所に所属してからは明大前、阿佐ヶ谷、埼京線の浮間舟渡、四ツ谷、南阿佐ヶ谷、御茶ノ水、東中野と引越しを繰り返して、今はまた別の街に住んでいます。明大前以降は、1年間隔でいろんな街に住んでいますね。
――すごい……。そのなかで、特に人生のターニングポイントになった引越しはありますか?
山谷:明大前から阿佐ヶ谷への引越しですね。
2013年に声優としてデビューするタイミングで、都心で仕事がしやすいよう明大前に引越したんですが、当時はほとんど仕事もなく築56年の“THE・ボロアパート”に住んでいました。
でも、2014年の『一週間フレンズ。』という作品で主人公の長谷祐樹(はせゆうき)を演じたことをきっかけに、声優の仕事でちゃんとお金をもらえるようになってきて。
家賃も上げられるくらい余裕ができたので、よし、引越そうと。いろんな物件を自分の目で見て、ちゃんと選んで決めたのはその阿佐ヶ谷の物件が初めてでした。
――明大前のアパート、築56年とはかなり年季が入っていますね。
山谷:そうですね。木造で壁が超うすくて、上の部屋の住人の足音やトイレを流す音までまる聞こえて。
しかも、壁のなかにネズミが3匹くらい住んでいたみたいで食事時になると壁を引っ掻くんですよ、寝る時には頭上でカリカリと音が鳴って、これはしんどいなと。声優の仕事でお金をもらえるようになったら、もっとしっかりとした造りの家に引越したいと思っていました。
――以降、頻繁に引越しされていますが、山谷さんなりの「引越しのルール」はあるのでしょうか。
山谷:「今の家より家賃が安いところには引越さない」です。
阿佐ヶ谷へ越す時に決めたルールなんですが、いまだに守れていますね。間取りも1Kから1DK、1LDKと広くなっていき、古い木造から鉄筋コンクリート造になって防音性が上がりました。
ある程度抑えつつですが、近所迷惑にならずにセリフや歌の練習ができるようになったし、素敵な家に住み続けたいという思いが頑張って働くモチベーションになりますし、引越しが仕事にもいい影響を与えていると思います。
引越しを繰り返すのは、結婚後に住む“安住の地”を見つけるため
――「初めての引越し」となった、上京時のお話も聞きたいです。蓮根の家はどのように探しましたか?
山谷:地元を離れたのは2011年、19歳のときでした。東日本大震災直後、ライフラインが復旧してすぐの3月中旬に母親と東京に来て、最初に内見した物件に決めました。
――震災直後の大変な時期に、引越しを決意したのはなぜだったんでしょう。
山谷:そもそも声優になろうと決めたきっかけが、震災だったんです。
当時は地元の大学でデザインを学んでいましたが、将来やりたい仕事もなく、とりあえず単位を取るためだけに通っていて。
一方で、同級生のほとんどは具体的なビジョンを持っている。自分と周囲との熱量の違いを感じていた矢先に震災を経験して「このままでいいのかな」と。それで、一回きりの人生だし、昔から憧れていた声優に挑戦しようと思ったんです。
――大学の退学手続き、東京への引越し、専門学校への入学手続きを3月中にやったってことですよね……!? すごい行動力です……。
山谷:今思うとたしかにそうですね(笑)。
当時は家に対するこだわりもさほどなかったし、とにかくすぐに住めるところを探していたので、まさか自分がこんなに「引越し魔」になるとは全く思っていなかったです。
――では、引越しの楽しさに目覚めたきっかけは?
山谷:「これ」というきっかけはないかなあ……。引越しを繰り返すうちに、じわりじわりと楽しさが分かってきた感じです。
東京って、街によって雰囲気や歩いている人たちの印象が全然違いますよね。それぞれの違いを感じるのが楽しかったし、声優の仕事にもプラスになると思いました。
――特にどんな点がプラスになると?
山谷:声優はキャラクターを演じるため、日ごろからよく人間観察をしています。先輩からも「気になる人がいたら、よく見て観察するクセをつけたほうがいいよ」と言われていました。
住む場所を変えると、必然的にこれまで出会ったことがないタイプの人と触れ合えて、役者としての幅も広がる気がするんです。
本当に、街によって住んでいる人のキャラクターが全然違いますからね。すれ違う人の多くが晴れやかな顔をしている街もあれば、ほとんどの人が下を向いていて、空気がどんよりしている感じの街もある。同じ東京なのに、不思議ですよね。
――実際にいろんな街に住んでみて、現時点で最も気に入っているのはどこですか?
山谷:四ツ谷ですね。街の雰囲気、緑の多さ、それから行き交う人たちのエネルギー感やゆとり。大学や予備校があって若い人も多く、ビジネス街であり住宅街でもあるので、いろいろな層の人がいました。それでいて、あまりガヤガヤしていない。
街並みもよかったです。住宅街は高い建物が少なくて見晴らしもいいですし、近所に教会や迎賓館赤坂離宮などもあって異国情緒が感じられました。たまに教会から鐘の音が聞こえて、どこかアニメオタク心をくすぐられるというか(笑)。ここなら、結婚して家族と一緒に暮らすのもよさそうだなって。
――未来のご家族と一緒に暮らす。そういう視点でも街を見ているんですね。
山谷:そうですね。結婚して子どもができたら、自分の意思だけで好き勝手に引越しはできないじゃないですか。だから、独り身のうちに“安住の地”を見つけておきたいと思って、こんなにも引越しを繰り返しているところもあります。今のところ、四ツ谷が第一候補ですね。
多い時には20件内見。衝動的に借りてダンボールで寝ることも
――山谷さんが「引越したい」と思うのはどんな時ですか?
山谷:いつもこれといった理由はなくて、ふと「ここより良い街や物件があるんじゃないか?」と思ってしまうんですよね。だから、特に引越す気がなくても年がら年中物件をチェックしていますよ。あっSUUMO愛用してます!(笑)調べる時期によって出てくる物件の数も質も違って、一期一会ですからね。
――いい物件が見つかったら、すぐ引越したくなるんですか?
山谷:とりあえず、内見には行きますね。そこで本当に気に入ったら、衝動的に借りてしまうこともあります。引越しの計画も準備も全くせず、見切り発車で決めてしまうんです。だから、ベッドを運ぶのが間に合わなくて、しばらくダンボールの上で寝ていたこともあります。
――そんなライトな感覚で借りてしまうとは。だから1年単位で引越すことになるんですね。
山谷:20件くらい内見してから決めることもありますが、もう物件探しや引越しが趣味みたいなもんですからね。あまりにもたくさんの物件を見ているので、不動産会社の人より周辺相場に詳しい時もありますね(笑)。
――内見の際にチェックするポイントや、「譲れない条件」みたいなものはあるんでしょうか?
山谷:「こうじゃなきゃダメ」と考えるより、「こういうの好きだなー」と思える物件を選ぶほうが、結果的にうまくいくような気がします。
でも、強いていえば「天井の高さ」と「窓の位置」、それから「コンセントの位置」ですかね。あとは、取材などで撮影してもらう機会が増えて衣装が多くなってきたので、ウォークインクローゼットも欲しくなってきました。
それと、若手の声優はフットワークが大事なので、すぐにいろんなところへ行けるよう駅までの距離は短ければ短いほどいい。ちなみに、今は駅近の線路沿い物件に住んでいます。一般的にはうるさくて敬遠される立地だと思いますが、練習も気兼ねなく大声でできるし、僕は特に気にならないですね。
あとは、ゴミの収集場所も内見時にチェックします。収集場所がきれいに使われていて、ゴミもちゃんと分別しているマンションはやっぱり住みやすいですよね。細かいですがエレベーターにエアコンが付いているかもチェックしたり……。
――「強いていえば」がたくさん出てきて、山谷さんの引越しへの熱意を感じました。最初に「窓」や「コンセントの位置」を挙げるところが、いかにも引越し慣れしている人の視点ですが、コンセントはどんな配置がベストですか?
山谷:できるだけ多く、いろんな場所にあってほしいですね。そのほうが、部屋を自由にレイアウトできるので。
逆に、設計士の主張が強く出過ぎている物件は苦手です。「テレビはここに置いてね」「ここにベッドを置くから枕元にコンセントが必要だよね」って、コンセントの場所でそういうのが透けて見えると嫌になってしまって。いや、それはこっちの自由でしょ!って(笑)。
――なるほど(笑)。では、天井や窓は?
山谷:天井が高ければそれだけで広く感じますし、窓も出窓にすることで奥行きが出ていたりすると、すごくいいですね。都内だとどうしてもそこまで広い家には住めないので「少しでも快適に過ごせるよう、工夫してくれているんだな」と感じてうれしくなります。
――ちなみに、最低限どれくらいの広さが欲しいですか?
山谷:練習に使うレンタルの防音室が置けて、衣装があふれないくらいの広さは欲しいですね。
賃貸にもおけるレンタル防音室(画像提供:ヤマハミュージックジャパン「音レント」)
一方で、部屋が広くなっても、ものが増えすぎないよう、意識して断捨離しています。自分のなかで所有物の量に一定のラインを決めていて、それ以上は増えないよう、新しいものを買う時は何かを処分するようにしています。
特に衣装は気が付くと増えているので、住んでいる家のクローゼットに入りきる量でやりくりすると決めていて。ずっと着ていない服を後輩にあげたり、状態がいいものは寄付したりして整理しています。
あまり使わないものが部屋にあってもそこまで気にならないタイプなんですけど、処分した時にノイズが消えるというか、視界が開ける感覚があるんですよね。思考もスッキリする気がしていて、なるべくその状態を維持しようと心がけています。
――それでも、これだけは絶対に捨てられないもの、引越しの度に持ってきてしまうようなものはありますか?
山谷:手紙ですね。ファンレターと母親からの手紙は、全て大切に保管しています。
母親は上京後ずっと仕送りをしてくれて、ダンボールに牛タンや笹かまなどをいっぱいに詰めたその上に、必ず手紙を入れてくれました。1行や2行くらいしか書いていない時もありましたが、それも全てとってありますね。
ものに対して命や魂を感じるタイプではないんですけど、手紙だけはいろいろな思いが込められている気がして捨てられないんです。
遊牧民のように、いろんな街を転々としたい
――現在も次の引越し先をチェックしている日々かと思いますが、今後住んでみたい街はありますか?
山谷:これだけ引越ししておいてベタで申し訳ないんですが、自由が丘ですかね。街自体も好きですが、歩いている人がみんな幸せそうで、心に余裕があるような印象を受けます。それがいいなって。
――街だけでなく、そこにどんな人が住んでいてどんな雰囲気かも重要なポイントなんですね。
山谷:すごく大事です。さっき話した「空気がどんよりしている」と感じた街に住んでいた時は、僕自身もいつも下を向いていたように思います。自分もそっち側に引っ張られてしまうというか。
逆にみんなが幸せそうな街だったら、仕事でミスして落ち込んで帰ってきた時も前向きになれる気がしますね。
――いずれにせよ、山谷さんの安住の地探しの旅はもう少し続きそうですね。
山谷:そうですね。今は常に知らない場所に行きたい気持ちが強いので、しばらくは遊牧民のようにいろんな街を転々としたいと思います。
自由が丘だけじゃなく、これまで選んでこなかった路線や、逆に自分には合わなそうなタイプの街に住んでみるのもアリですね。それを不安に感じるより、ワクワクできるタイプだと思うので。
声優の仕事上、スタジオ収録が中心になるので、今は都内から離れるのはなかなか難しい。ただ、もし将来、家で声優の仕事ができるようになったら、東京に住み続けるかどうか……。
最近、恩師が関東近郊の古民家を自分で改修して住み始めたんです。そんな緑や山に囲まれた生活を見ていて、都会から離れた田舎暮らしにちょっと憧れが出てきました。
来年はどんな街に住んでいるか、自分でも楽しみです。
取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
写真:小野奈那子
編集:はてな編集部
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